(1の続き)『それとともに注目しておきたいのは、景春が叛乱に至る背景の問題である … 続きを読む →
この話題の典拠は黒田基樹編著『長尾景春』の「長尾景春論」であるが、その中には山田 … 続きを読む →
ここに前項1の結語であり、以下の前提となると私は思う語句が述べられている。 即 … 続きを読む →
「山内上杉家宰長尾景信嫡子景春は、父景信の死に際しその職責を任命権者関東管領上 … 続きを読む →
小川会談のドキュメントは文明七年という時間経過とニュースソースが道灌状だけらし … 続きを読む →
現存の所謂『道灌状』第六項に太田道灌と長尾景春の会談が述べられている。そこには … 続きを読む →
(続き)『そして、この寺領の押領もこうした一連の行動として捉えることができ、秩父 … 続きを読む →
1に続けて「荒川本」を見たい。まず札所のことがあるがそれは省いて『十五世紀前半 … 続きを読む →
この話の典拠とするのは元荒川村刊本の景春論の第五節に『景春と秩父』が設定されてい … 続きを読む →
先に勝守・峰岸・佐藤三氏の所見について紹介・論考させていただいたが黒田氏は「最後 … 続きを読む →